2013年7月28日日曜日

『現代オカルトの根源――霊性進化論の光と闇』

●大田俊寛[著]  ●ちくま新書  ●800円+税

本書はその本・副題が示す通り、現代のオカルト集団の教義と宗教体系教等を霊性進化論という概念を基軸にして説明する試みである。霊性進化論とは耳慣れない言葉だが、著者(大田俊寛)は、それをダ―ウインの唱えた進化論に影響を受けて考え出された神智学を発端とする宗教思想である、と定義づける。神智学とは何かについては後述する。現代オカルティズムは、ダーウィンの進化論の影響なくしては生まれなかった、ということになる。

●現代オカルトの根源=神智学の創始者及び継承者

本書は、まず、19世紀後半から20世紀初頭に隆盛を極めた神智学系の宗教思想(者)として以下の人物及び思想を紹介する。

①その祖であるブラヴァツキー夫人(1831~1891)の宗教思想、
②神智学をヨーガと合体(チャクラ)させ、神智学を継承的に発展させチャールズ・リードビーター(1854~1934)。彼は大師(マスター)を頂点とするハイアラーキ―(階層組織)及びイニシエーション(通過儀礼)を取り入れた教団の原型を創出した人物ともいえる。
③人智学の祖ルドルフ・シュタイナー(1861~1925)
④アーリアン学説、ユダヤ陰謀論からナチズムに強い影響を与えたアリオゾフィ(アリオゾフィとは、アーリアのArio+叡智Sohiaの合成語)。;グイド・フォン・リスト(1848~1954)、ランツ・フォン・リーベンフェルト(1874~)、トゥーレ協会創設者であるルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフ(1875~1945)、ヒトラーを中心とするナチズムの主要メンバー

次に、第二次世界大戦後、大陸ヨーロッパにおいて後退した神智学が米国・英国に渡って発展したポップ・オカルティズムとして、
⑤催眠時人格により前世との交信を実現したとされるエドガー・ケイシー(1877~1945)
⑥UFOと宇宙の哲学を創設したジョージ・アダムスキー(1891~1965)
⑦マヤ暦と終末論を展開したホゼ・アグエイアス(1939~2011)
⑧爬虫類人陰謀論のデービット・アイク(1952~)

さらに、日本の新宗教を代表とするものとして、
⑨日本シャンバラヤ計画、竜王界創始者/三浦関三(1883~1960)
⑩「国際宗教・超心理学会会長」の本山博(1925~)
⑪阿含宗創始者/桐山靖雄(1921~)
⑫オウム真理教創始者/麻原彰晃(1955~)
⑬幸福の科学創始者/大川隆法(1956~)

●神智学とはなにか

神智学とはどういう学なのか――ということの詳細は本書を参照していただきたいのだが、大雑把には、19世紀末、ウクライナ生まれのブラヴァツキー夫人がつくりあげた神秘思想である、と言える。ダーウィンの進化論、天文学、インド・チベット(ヒンドゥー教、仏教の輪廻転生・弥勒思想)の宗教哲学、占星術、超古代歴史観(アトランティス大陸、アーリア人至上主義)等を折衷・融合させたもの。彼女はヨーロッパを拠点として、米国(1873年~)、チベット(1856~1863年)、インド(1878年~)、北アフリカ等を放浪し、その間、以下のような要素を神智学に盛り込んだとみられる。

ブラヴァツキーはまず、ヨーロッパにおいて、エリファス・レヴィの魔術を始めとするオカルティズム、エソテリシズム(秘教)、グノーシス主義、新プラトン主義、ユダヤ教カバラ、ドイツ神秘主義等の教義を学び、さらにフリーメイスンと接触することにより、宗教的秘密結社に関する知見を得る。

米国では、当地で隆盛を極めた心霊主義(スピリチュアリズム)の影響を受ける。と同時に、そのころ米国内で生起したダーウィンの『種の起源』をめぐる対立をみることにより、宗教と科学の対立矛盾を解決する道を探求する契機も得たという。心霊主義(スピリチュアリズム)とは、(幽)霊との交信が可能となった少女の存在から、人間は肉体の死後もその魂が霊界で生き続けられるのだという宗教的世界観である。このことにつては、後述する。また、チベット・インドでは、人種・文化論におけるアーリアン学説とヒンドゥー、仏教の輪廻転生論の影響を受ける。

ところで、ブラヴァツキーの神智学は、当時の米国の社会情況から最も強く影響されて形成されたという。米国では、伝統的なキリスト教が全体として弱体化・狭隘化する一方、新たな科学的世界観として台頭する進化論と、その真逆である新たな宗教的世界観として流行する心霊主義が流行するという混然とした社会情況があった。
表面的には彼女は、進化論と心霊主義の両者を、截然と否定した。すなわち、進化論に対しては、生命の物質的側面のみに着眼した誤った理論であると批判し、心霊主義に対しては「夢魔」のような低級霊に憑依されることによって生じた幻の現象にすぎないと断じたのである。
とはいえ、ブラヴァツキーの真意が、この両者を単に否定し去ろうとすることであったとは思われない。むしろ彼女は、進化論と心霊主義の構想を巧みに融合させ、人間の生きる目的は、高度な霊性に向けての進化にあることを明らかにしようとしたのである。(P33)

●神智学の体系『シークレット・ドクトリン』

ブラヴァツキーの神智学を体系化した書物が『シークレット・ドクトリン――科学・宗教・哲学の総合』(以下「SD」と略記)である。第一巻の「宇宙発生論」と第二巻の「人類発生論」からなる。筆者は同書を読んでいないので著者(大田俊寛)の要約に従うと、同書の中心的位置を占めるのは、『ジャーンの書』と呼ばれる神秘的テキストで、ブラヴァツキーによればその文書は、中央アジアの聖地において、霊的熟達者(アデプト)たちによって太古から保存されてきたものであり、世界中の多くの宗教は、そこに記された知恵から派生していったものだという。

さて、SDの第一巻(宇宙発生論)では宇宙の原初状態から、太陽系が誕生するまで経緯が描かれる。
原初においては、「永遠の親」という女性の神格が存在し、彼女は「処女卵」を抱いて眠り込んでいた。するとあるとき、そこに一条の光が差し込み、処女卵は「世界卵」に変容する。やがて世界卵は孵化し、そこから「子なる神」と呼ばれる宇宙意識が誕生する。子なる神は、宇宙を創造するために、「七大天使」や「十二星座天使団」と呼ばれる天使たちを生み出す。そして神と天使たちは、光線を降り注がせることによって、太陽系の惑星霊たちを創造する。
太陽系の創造者である宇宙意識としての神は、「デミウルゴス(ギリシャ語の「創造者」)」や「ロゴス(ギリシャ語の「言葉」)」、あるいは「太陽系」と称される。そして神は太陽系に7つの周期(ラウンド)を設定することにより、その進化を促進しようとする。(P35~36)

著者(大田俊寛)が指摘する通り、「それは全体として、グノーシス主義、新プラトン主義、ユダヤ教バカラといった古代以来の神秘思想における流出論的な宇宙発生説を基礎に置きつつ、近代天文学の知見をそこに盛り込んだものと理解することができる」(P36)

SD第二巻(人類発生論)では、このような第一巻で説明されたプロセスから創造された太陽系において、人間の霊が誕生し、進化を遂げる過程について描かれる。
先に述べたように太陽系においては、進化に関する「七つの周期」が設定された。そしてSDによれば、地球に霊が誕生したのは、七周期のうちの第四期に当たる。そして七つの周期は、地球上での人類の進化においても反復される。すなわち、地球においては人類は、7つの段階の「根幹人種」を経て進化してゆくのである。(P36~37)
地球は最初自らの力のみによって生命体をつくりだそうとしたが失敗し、結果として誕生したのは半漁人、有翼人、山羊人間といった半人半獣の奇異な怪物たちばかりであった。天使たちはその肉体を嫌悪し、そこに霊を住まわせようとはせず、炎によって彼らを絶滅させたという。それを見た地球は太陽神に対して、知恵を備えた霊的生命体を授けるよう祈念する。太陽神はそれに応えて七大天使たちに人間を創造するよう命じた。その結果、天使たちがそれぞれ人間の原型を作成し、それをもとに、地球に生み出されたのが7つの根幹人種ということになる。根幹人種の概念は、今日のオカルト思想にしばしば応用されるものなので、少し長いが全貌を見ておこう。
地球における最初の人類、すなわち第一根幹人種は、北極周辺に存在する「不滅の聖地」に出現した。しかしその場所は、不可視の非物質的領域であり、そこに現れた人間も、天使によって与えられた「アトラス体(星気体)」という霊的身体をもつにすぎなかった。不滅の聖地は、地球における人類発祥の地であると同時に、人類が第七根幹人種にまで進化した際に再び回帰する場所とされる。(P38)
以下、その名称(及び出現した場所)等を記す。

第二根幹人種ハイパーポーリア人。現在のグリーンランド近辺にあったとされる「ハイパーポーリア大陸」と呼ばれる極北の地に誕生。「エーテル体(生気体)」という霊体を有し、分裂によって増殖する性質を備える。大規模地殻変動が起こって厳寒の冥府となり、第二根幹人種は滅亡。

第三根幹人種レムリア人。「レムリア大陸」に誕生。第二根幹人種の一部から、進化した者。彼らは当初、卵から生まれ、両性具有の存在であったが、やがて男性と女性に分化し、生殖行為と胎生によって子孫を増やすようになった。人類として初めて、物質的身体を有するようになった。惑星霊に属する「光と知恵の子」と呼ばれる者たちは、第三根幹人種の身体を好ましく思い、そのなかに降下した。こうして地球に、高度な霊性の種子を有する人間たちが現れることになった。彼らは、後の「大師(マスター)」の原型となる。しかしこの段階において、人類がある程度の知性と自由を獲得したことは、悪への転落を生じさせる契機ともなった。大師の原型が生み出される一方、「炎と暗い知恵の主」と呼ばれる者たちも人間のなかに降下し、彼らはルシファーを始めとする「悪魔」の原型となった。火山の爆発によりレムリア大陸は海中に没した。

第四根幹人種アトランティス人。プラトンが論じた伝説の地「アトランティス」で発展を遂げた。高度な文明を築いたものの、第三根幹人種において発生した善と悪の対立が継続反復され、第四根幹人種は「光の子」と「闇の子(=巨人族)」に分化。アトランティスは大洪水によって沈没し巨人も滅びた。

第五根幹人種;アーリア人。アトランティス王国を統治していた聖人たちは洪水を逃れてヒマラヤやエジプトなどの各地に離散し、「大師」として人々を導くことによって、新たな文明を築いていった。その営みから誕生したのがアーリア人である。SDではアーリア人が現在の世界の支配種族として位置づけられている。

第六根幹人種;バーターラ人。アーリア人の文明は、(SDが書かれた当時は)世界各地に点在しているが、今後はアメリカ大陸が中心地となり、将来的にはその場所で第六根幹人種が誕生する。新しい人種の子供たちは、出現の当初は精神的・肉体的な奇形児と見なされるが、徐々にその数を増加させてゆき、やがては人類の多数派を占めるようになる。しかしその頃には火山の爆発や津波が頻発し、最終的にはアメリカ大陸も沈没する。現在の第六根幹人種は、こうして死滅するに至る。

第七根幹人種;バーターラ人は海洋から新たに浮上する大陸でさらなる進化を遂げ、物質的身体の束縛から急速に離脱してゆく。彼らのなかから第七根幹人種が生み出されるが、そのとき人類における物質的周期は終了し、完全な霊性の段階に移行することになる。地球における人類の進化の歴史は、こうして終焉を迎える。神人として不滅の聖地に回帰する。

●ブラヴァツキーの神智学の中心的要素

著者(大田俊寛)は、神智学の中心的要素を以下の8項目にまとめている。これらの事項も現代オカルト思想に準用されているものなので、かなりの分量になるが書き抜いておく。(P46~47)
  1. 霊性進化――人間は、肉体の他に「霊体」を持つ。人間の本質は霊体にあり、その性質を高度なものに進化させてゆくことが、人間の生の目的である。
  2. 輪廻転生――人間は、霊性を進化させるために、地上界への転生を繰り返す。地上での行いは「カルマ」として蓄積され、死後のあり方を決定する。
  3. 誇大的歴史観――霊体を永遠不滅の存在であるため、個人の歴史は、天体・人種・文明等の歴史全体とも相関性を持つ。これらの集合的存在もまた、人間と同様に固有の霊性を有し、円環的な盛衰を繰り返しながら進化を続けている。
  4. 人間神化/動物化――人間は霊的な成長を遂げた結果として、神のような存在に進化しうる。しかし、霊の成長を目指さず、物資的快楽に耽る者は、動物的存在に退化してしまう。
  5. 秘密結社の支配――人間の進化全体は「大師」「大霊」「天使」等と呼ばれる高位の霊格によって管理・統括されており、こうした高級霊たちは、秘された場所で結社を形成している。他方、その働きを妨害しようと目論む悪しき低級霊たちが存在し、彼らもまた秘密の団体を形成している。
  6. 霊的階層化――個々の人間・文明・人種は、霊格の高さに応じて階層化されている。従来の諸宗教において「神」や「天使」と呼ばれてきた存在の正体は低級霊である。
  7. 霊的交信――高級霊たちは、宇宙の構造や人類の運命など、あらゆる事柄に関する真実を知悉しており、必要に応じて、霊媒となる人間にメッセージを届ける。
  8. 秘教的伝統・メタ宗教――霊性進化に関する真理は、諸宗教の伝統のなかに断片的な形で受け継がれている。ゆえに、それらを総合的に再解釈し、隠された心理を探し当てる必要がある。


ブラヴァツキーが創設した神智学は、以降、前出の神智学者らによって発展的に継承され、ヨーロッパにおいてはナチズムの伏流として勢い増し、やがてナチズムに統合化されていった。ナチズムは神智学の一派が強調したアリオゾフィを「アーリア人至上主義」に単純化するとともに、神智学が唱えた「陰謀史観」を国家統合と世界戦争完遂のイデオロギーとして大いに利用した。その結果、多くの戦争犠牲者を出しただけでなく、ヨーロッパ各所においてユダヤ人等大量虐殺という悲劇を招いた。

ナチス・ドイツの敗戦とともに、神智学は後退し、それが戦後の思想界、宗教界に大きな影響を与えることはなくなったように思えた。

●第二次世界大戦後のオカルト思想――ニュー・エイジ運動

ヨーロッパにおいて後退、衰退したと思われた神智学だが、第二次大戦後、新大陸アメリカにおいて、ヒッピームーブメント(または、ニュー・エイジ運動)として復活を遂げ、1960年代後半から70年代初頭にかけて隆盛を極め、現在にも多大な影響を与え続けている。

本書ではニュー・エイジ運動よりも、英米で開花したポップ・オカルティズムの動きを追っているのだが、筆者の経験では、神智学の系譜は、フラワーチルドレンを自称したヒッピー(ムーブメント)が支持した、ニュー・エイジ運動のなかに求められると思っているので、本書とは関わりがないが、大衆レベルに浸透したヒッピー文化とニュー・エイジ運動を紹介しておきたい。日本でも団塊前後の世代は、ヒッピームーブメントを同時代的に経験している者が多いと思う。

彼らの世界観及び生活実践は、ニュー・エイジ運動と多くの点で合致する。両者とも、現代文明の物質性、科学性、政治・経済システム等を否定し、超自然的・精神的な思想をもって既存の文明や科学、政治体制などから解放された、真に自由で人間的な生き方を模索しようとする点である。

ヒッピーは、ラブ・アンド・ピースを掲げるとともに、超自然性、精神性を重視し、近代的自我を超えた超自我を探求した。そのための彼らの実践方法としては、LSD、サイケデリック等に代表される薬物を使用したトリップ体験があった。また、西欧文明を象徴するキリスト教(教会)を拒否して異教(道教、チベット仏教、ヒンドゥー教等の輪廻転生)を信仰し、かつ、それらの修行方法である、禅、ヨーガ=呼吸法・さまざまな整体術等の身体技法、瞑想法を取り入れた。また、宇宙(人)、前世とのチャネリング/リーディング、前世療法・催眠療法等の心理療法、心霊治療、アロマテラピー、パワーストーン、アメリカ先住民の原始信仰、シャマニズム、さまざまな波動系グッズ利用などを実践した。性の解放(一夫一婦制結婚制度の否定)もその一部である。

ヒッピームーブメントとニュー・エイジ運動がまったく同一なものというわけではなかったが、両者は似たような世界観を共有し、同じような価値観を信奉し、同じような自我解放手法を実践した。

なお、ヒッピー発祥の地は米国西海岸サンフランシスコであるが、彼らは既存の国家(境)を越え、世界中に自分たちのコミューンを形成しようとした。ヒッピーの聖地となり得た地域は麻薬が手に入りやすいところであった、ということもあるが、アジアの場合は、異教の聖地と重なるところもある。世界各地のヒッピーが集まった代表的な地域は、クタ(バリ島/インドネシア)、カトマンズ(ネパール)、ゴア(インド)、イビサ(スペイン)、カーブル(アフガニスタン)、クリスティアニア(コペンハーゲン/デンマーク)である。なかで、カトマンズ、カーブル、ゴアはヒッピーの「三大聖地」と呼ばれている。

●ニュー・エイジ運動とミュージカル『ヘアー』

ヒッピームーブメントとニュー・エイジ運動の相似を示す格好な事例があるので紹介しよう。当時、爆発的ヒットとなったミュージカル『Hair(ヘアー)』である。オフブロードウエイの上演は1967年、ブロードウエイでの初上演は1968年である。日本では1969年に渋谷東横劇場で公演されている。

ストーリーは、ベトナム戦争中のアメリカが舞台。多くの若者が戦場に召集されていた。田舎の青年、クロードもその1人。入隊前のわずかな時間を楽しむために、彼は大都会ニューヨークに立ち寄る。そこで、バーガーを初めとする自由奔放な、長髪のヒッピーグループと出会い、彼らの反社会的な生き方に呆れながらも、親交を深めていく。そして戦争に行かないよう、仲間たちから説得されるが……。

このミュージカルは、当時の若者サイドの強い反戦メッセージが感じ取れる一方、当時のヒッピームーブメントをリアルに伝える作品でもある。前出のラブ・アンド・ピース、ビーズ・アンド・フラワーズ、ビー・イン(Be in)と呼ばれたヒッピーたちの集会、マリファナやLSDなどの麻薬によるサイケデリック体験・トリップ感覚、フリーセックス、インド精神哲学の流行(クリシュナ信仰)などが盛り込まれている。またタイトルにもなっている、Hair(髪)を長く伸ばすのも、ヒッピーの大きな特徴の一つである。

この劇のストーリーやテーマは知らなくとも、テーマソングとも思われる「Aquarious〜Let The Sunshine In」は知っている人が多いのではないか。このミュージカルの最初と最後の曲をメドレーにしてカバーした、フィフス・ディメンションの「Aquariousu〜Let The Sunshine In / 輝く星座」は、1969年のグラミー賞最優秀レコード賞を獲得した。また1979年には、ミロス・フォアマン監督によって映画化されている。ちなみに、Aquariousとはいうまでもなく、水瓶座のことである。

Aquarious〜Let The Sunshine In の歌詞は以下のとおり。

When the moon is in the Seventh House
月が第7宮にあり

And Jupiter aligns with Mars
木星が火星と直列するとき

Then peace will guide the planets
そのときこそ、平和が諸々の惑星を導くことだろう

And love will steer the stars
そして愛が星々の舵を取るのだ

This is the dawning of the age of Aquarius
いまは水瓶座の時代の夜明けのとき

The age of Aquarius
水瓶座の時代だ

Aquarius! Aquarius!
アクエリアス! アクエリアスだ!

Harmony and understanding
調和と理解と

Sympathy and trust abounding
共感と信頼が満ち溢れる

No more falsehoods or derisions
インチキやバカげたものはもうおしまい

Golden living dreams of visions
ヴィジョンに溢れた光り輝く生の夢

Mystic crystal revelation
神秘的な透徹とした黙示

And the mind's true liberation
そして心の真の解放

Aquarius! Aquarius!
アクエリアス! 水瓶座!

When the moon is in the Seventh House
月が第7宮にあり

and Jupiter aligns with Mars
木星が火星と直列するとき

Then peace will guide the planets
そのとき、平和が諸々の惑星を手引きするだろう

And love will steer the stars
そして愛が星々の舵を取るのだ

This is the dawning of the age of Aquarius
いまや水瓶座の時代が明けようとしているのだ

The age of Aquarius
水瓶座の時代

Aquarius! Aquarius!
アクエリアス! アクエリアスだ!

Let the sunshine,
陽の光を

Let the sunshine in
太陽の輝きを差し込ませよう

The Sunshine in
陽の光を入れるんだ

Let the sunshine,
太陽の輝きを

Let the sunshine in
陽の光を入れるんだ

The Sunshine in
太陽の光が差してくるぞ

●ニュー・エイジ――水瓶座の時代への「転換」

この歌詞は、ニュー・エイジ運動を知らないと、その本意が理解できない。宇宙的規模な壮大さと愛と調和が盛り込まれた美しい歌詞だと思っている日本人が多いと推測するが、そんなものではない。

まず、ニュー・エイジ運動を定義しよう。以下、本書の参考文献にも掲げられている『現代社会のカルト運動』(S・V・シュヌーアバイン著)からの引用である。
「現代の危機」から霊的脱出路を求めている・・・西欧と北米の人びとは、伝統的宗教組織に心の支えを見出しているのでもないし、世界を解明し、改革し得ると主張する世俗的組織(いわば政治的イデオロギーと科学的世界観)によってこうした問題を解決できるとも思っていない。だから、彼らのうちには意味の空白を満たしてやろう、と呼びかけてくる秘教的、あるいはオカルティズムの教えに惹かれる人たちもいる。いわゆるニュー・エイジ運動は、これらの教えを受け容れる貯水池となっている。
この運動を正確に述べるのは、難しい。というのは、この運動は統一的組織をもたず、拘束的教義もなく、世界観の共通性も僅かしかないからである。この運動を結び付けているのは、ある種の強い帰属感情である。したがって、ニュー・エイジ運動とは、「合理的に伝達されて、広い範囲に影響を及ぼす拘束力よりも、並列している諸傾向の感情的結合を強調する、新しいタイプの社会《運動》である。」(Pilger/Rink)
こうした諸傾向には、神秘主義、秘教、オカルティズム、現代の西欧自然科学、すなわち心理学(とくにW・ライヒとC・Gユングのそれ)の諸要素、心理療法のさまざまな流れ、ある種の再生思想という西洋宗教の概念装置、それに前キリスト教、あるいは非キリスト教の種族宗教もしくは自然宗教のインパクトがある。とくに、後者には「シャマニズム」「新魔女(ノイエ・ㇸクセン)」、それにケルトとゲルマンの「叡智の教え」がある。
(略)
この運動は、現代社会が生存の危機に陥り、破滅の淵に瀕している、という意識をもち、調和に満ちた、新しくより高度な時代――ニュー・エイジの名称も、ここに由来するのだが――の到来に備えて、「転換期」に生きる思想に革新する。
この「転換期」は占星術的解釈を取り入れた天文学のモデルによって説明されている。「地軸が徐々に回転することによって、天の赤道と黄道の交点は黄道の獣帯(黄道十二宮)上を逆向きに移動してゆく。」今日、この交点は黄道十二宮の魚座と水瓶座の間にあり、それゆえ新しい時代はニュー・エイジ運動では「水瓶座時代」と呼ばれている。
危機意識から生じた意味喪失感から、多くの人びとは宗教問題に対し関心をもつようになっている。現代の産業社会の、絶えず増大している現世志向と世俗化傾向は――マックス・ヴェバーはこれを「世界の脱呪術化」と特徴づけた――多くの現代人にはいまや自明の事柄であるし、あるいはまさにこの傾向こそが、現代の体制危機の原因だと考えられている。かといって伝統的な教会に戻ることもできない。教会こそが現代の危機を招来した共犯者である、と時には考えられているのだから。
これに対してニュー・エイジ運動は、「世界の再呪術化」と呼びうるような、そして前近代的で神秘主義的――呪術的世界像の諸要素を復権させるような、一種のパラダイム転換を要求しているのである。
さらにニュー・エイジ運動は、現代社会の方向喪失現象に対して、秘教思想の入り混じったさまざまな心理療法の技法によって、「自己の根源と根底」を再発見することを提唱する。こうすることによって、合理的・直線的思考とは異なる、水瓶座時代への移行にふさわしい、全体的・循環的な「新しい意識」も人間のうちに目覚めさせられるのだ、と云う。
結局のところ、彼らは、支配的な科学にある自然科学の一面的な合理的見方に代わって、現代自然科学の成果と宗教的・神秘的内容を混ぜ合わせることによって、「全体的世界観」を生み出そうと望んでいる。この点で、とくにエコロジーの傾向が重視されている。
ニュー・エイジ運動の歴史的基盤と資源は神智学である。神智学はすでに一世紀以上も前に、当時の人びとのオカルティズムや仏教・ヒンドゥー教の宗教の装置と、当時流行していた自然科学理論、とくにダーウィン主義・ヘッケルの一元論を、ニュー・エイジと似たようなやり方で綜合していた。神智学とニュー・エイジの親近性は、たんに世界像と個々の思想が似ている点だけでなく、ニュー・エイジの主導的支配者らが、かつて神智学運動に加わっていたし、現在も参加している、ということでも示されている。(前掲書P2~4)

『ヘアー』は、ニュー・エイジ運動の世界観である水瓶座の世界への転換を強調したミュージカルなのである。『ヘアー』は今日でも世界各地で再演されているというが、今日の観客がどれだけニュー・エイジ運動を意識しているかはわからない。が、少なくとも、このミュージカルがつくられ上演され多くの若者が支持した当時(1960年代末から70年代初頭)の米国の時代背景の内側に、ニュー・エイジ運動があったことだけは知っておいてほしい事柄である。

●日本のニュー・エイジ運動――その影響と悲劇

さいわいにして、当時日本に上陸したヒッピームーブメントは、長髪、ベルボトムのジーンズ、絞りのTシャツやフラワープリントのシャツ、サイケデリックアート、サイケデリックロックの流行というファッションのレベルにとどまり、ニュー・エイジ運動の思想的影響については軽微であった。

だがしかし、ヒッピームーブメントからおよそ10年余の年限を経た1980年代から20世紀末、ニュー・エイジ運動はオウム真理教に代表される新宗教の台頭という形で、日本において再生をはたした。そのようななか、ニューアカデミズムと呼ばれた新進思想家グループの一人として、オウム真理教を積極的に支持した宗教学者・中沢新一がいた。彼が、チベット密教の瞑想修行を体験的に記録した『虹の階梯』を上梓したのは、おそらく、1981年のことであったと記憶する。中沢は、日本を代表するニューエイジャーの一人である。

しかし、日本のニュー・エイジ運動は、オウムの暴走(地下鉄サリン事件等の勃発)という悲劇的結末をもって幕を下ろしたはずだった。ニューエイジャー・中沢新一も、オウム騒動のなかで沈黙し、著作活動・思想営為を休止し、事実上潜伏したように見えた。ただ、残念なことに、中沢は自らのオウム支持に係る思想的総括を公表していない。

●3.11以降、日本にニュー・エイジ運動が復活する兆し

東日本大震災と福島原発事故は、人々の心の中に、自然に対する畏怖、拝跪の念を強めさせた。と、同時に、現代科学技術、産業主義・物質主義に対する懐疑の念を一層深いものとした。もちろん、既存のイデオロギー及び政治政党への不快の感情も、とりわけ多くの若者の意識のなかに、深く沈潜するようになった。

そんななか、反原発を主唱するグリーンアクティブの「指導者」として、ニューエイジャー・中沢新一がいつのまにか復活した。中沢の復活は、日本におけるニューエイジ運動の浸透力の強さ、根深さを象徴するものと言える。

今日の反原発運動については、安倍政権が進める「原発安全基準策定」及び原発輸出政策は批判されて当然であるし、東電救済政策、根本的には電力エネルギー政策及びその体制への批判も支持できる。だが、それが単純な科学技術否定や産業否定に直結し、オルタナティブなエコロジー主義(循環型社会信仰)、秘教、神秘主義の肯定に結びつくようなことにはならないようにしなければならない。

今日の日本の反原発運動については、前出のマックス・ヴェバーの言葉に従えば、 “現代の産業社会の、絶えず増大している現世志向と世俗化傾向”を高度化すること、すなわち、「“原発”の脱呪術化」を極めることにおいて、なされなければならない。反原発運動は、原発を制御しうる、あるいは、原発を越える科学技術もしくは産業技術の高度化達成にむけて、政府に圧力をかけるような運動でなければならない。